春を運んでくる鰊(にしん)


3~5月の北海道周辺に春を運んでくると言われたニシンは、産卵の為に沿岸へ大量に押し寄せました。

ニシン漁は、大正時代が最盛期で、70~80万トンありましたが、地元の人が「群来(くき)」と呼ぶ集団産卵現象が昭和30年になると突然途切れて、姿を消した幻の大衆魚である。
現在では北海道の風蓮湖(ふうれんこ)などの湖沼ニシンや沿岸型ニシンを中心に、この数年では1~2千トン程度となっています。

最盛期の頃は、漁が終わると一年分の稼ぎがあったと言われており、この時期に「やんしゅう」と呼ばれる出稼人も多く、ニシン御殿も登場していました。
明治の勃興期(ぼっこうき)の日本は生糸輸出から近代への道を走り出し、日清、日露戦争を戦い抜く戦費を生糸が稼いでいました。
その、生糸―カイコ―桑の生育にニシンの肥料が欠かせませんでした。
また、ニシン油からは石鹸(せっけん)が作られ、グリセリンや火薬の材料としても利用されており、まさにニシンによって日本の明治時代は支えられていました。

ニシンは、室町時代から食用にされていましたが、始めは数の子だけで、身は肥料にされていました。
また、江戸時代に発達した北前船は、北海道や日本海側と京都や大阪を結ぶ物流の中心で、ニシンもこれに乗って流通し、松前から津軽、秋田、山形にかけては主に生カドや塩カド、加賀では身欠によるニシン寿司、京都ではニシンそば、大阪ではコブ巻と、北の素材をその土地その土地でうまく加工した料理が生まれていきました。
今でも、塩焼きや、身欠きニシンの甘露煮などで食べられることが多い、日本の春を代表する魚です。

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